オーボエ雑学

第4章 
オーボエ吹きの日常〜世話が焼ける相棒との二人三脚

ナイフ。水の入った小瓶。鳥の羽根。一見して脈絡がない3つの品々。それが指し示す人物像とは?

何だか下手な刑事ドラマみたいな話ですね。しかし、もし現場に以上の事物を残していったのが音楽家だったら、それはオーボエ吹きに間違いなし!
ナイフについてはピンとくる方も多いでしょう。これは、そう、オーボエの発音源であるリードに関係しています。では、そのリードの話から。

リードができるまで

右上から反時計回りに、丸材のケーン、カマボコ型のケーン、舟型のケーン、チューブ、チューブに舟型を固定して先端をカットした状態。

リードの材料となる葦の原産地は、南フランスを中心とする地中海沿岸。収穫から乾燥を経た後、余分な枝葉や節の部分を除き、パイプ状にして出荷されます。日本での名称は“丸材”。この初期段階から、リードの材料は一般的にケーン(英語で植物の茎を意味)と総称されます。

丸材のケーンはまず縦に分割し(通常は3〜4分割)、リード用のカンナに相当するガウジングマシンという工具で表面を削ります。標準的な厚さは0.55〜0.60ミリ。この状態のケーンを日本では“カマボコ型”と呼ぶのが面白いですね。それを2つ折りにして、上半分と下半分のそれぞれ両サイドを緩やかな角度にカットしたのが“舟型”のケーン。ケーンの厚さを確認するキャリパーという測定器や、舟型にカットするシェイパーをはじめ、各工程でも特別な器具が登場します。オーボエ吹きの仕事机が職人の工房さながらになる理由ですね。

次に舟型のケーンを金属のチューブ(管体に接続するジョイント部分にコルクが巻いてある)に糸を使って固定。2つ折にした真ん中の部分を荒削り後にカットして開くと、ついに2枚の振動板の形になります。それ以降は、自分の求める音に合った厚さと形状に仕上げるため、細心の注意を払ってナイフを動かします。リードの開き具合を調整し、両サイドからの息漏れを防ぐための針金やフィッシュスキンを巻いてから仕上げに……。それでも会心作のリードは何本に1本も生まれないというから、ため息の出るような作業です。

演奏の現場でも微調整

演奏家によっては、こうした工程を全部1人でこなす場合もあれば、カマボコ型や舟型などの整形を経たケーンの入手から始める場合もあります。自分でナイフを入れればよい段階まで来た“半完成品”、そして“完成品”も市場には出回っています(時間のないアマチュアや、学習者には重宝)。演奏家から身を転じ、ケーンやリードの供給メーカーとして起業化する例も珍しくありません。世はまさに分業と協業の時代。

しかしどんなリードを使っていても、最終的な微調整のため持ち歩くのがナイフ。ここで冒頭の話題とつながりました。リハーサルの休憩時間にオーボエ吹きがリードに刃をあてる光景などは日常茶飯事。演奏時の感触に従って最後の仕上げを施したり、湿度や楽器の調子の変化で応急措置が必要になったり……。それがコンマ・ゼロ何ミリの世界での出来事です。いくらベストの状態をめざしても、どのみちリードは消耗品。ピークのコンディションが1週間続けばよいほうだと語るプレイヤーもいます。

掃除と手入れも繊細に

本番用から予備のものまで、オーボエ吹きが持ち歩くリードケースにはリードがズラリと並びます。保管している間は乾燥させておくのですが、演奏に際しては常にある程度の湿度を帯びていないと発音に影響します。それゆえ演奏の前に約2〜3分の間、リードを浸しておくための容器を常備したりします。やはり冒頭で出てきた小さな小瓶の類ですね。

演奏終了後は掃除と手入れ。管体にたまった水分を放置すると、内径に狂いを生じたり、下手すると木が割れたりします。トーンホールの設計が繊細なオーボエの場合、キーとの間に水滴が詰まらぬよう、演奏中もこまめに気を配らねばなりません。

他の木管楽器では、こうした作業をクリーニングスワブという掃除布や、クリーニングロッドという掃除棒で行なうのが一般的です。オーボエ用のスワブも存在しますが、昔から広く用いられるのは撥水性に優れた鳥の羽根。特に管の内径が細い上管の部分は、布の繊維が悪さをする危険性もあるので、細くてしなやか羽根が向いています。同じようにリードの内面に付着した汚れを落とすためにも、より小ぶりの羽根が用いられます。

今までの話も、オーボエ吹きの日常のほんの一部でしかありません。本当に世話が焼ける相棒! しかしそれゆえ費やす時間と労力、そして楽器の間に結ばれる絆と愛情が、オーボエの魅力的な音色を支えている。それもまた間違いのない事実なのです。

撮影:木幡一誠、撮影協力:日本ダブルリード株式会社(JDR)

 

木幡一誠(Issay KOHATA)

音楽ライター。1987年より管楽器専門誌「パイパーズ」(2023年4月号で休刊)で取材・執筆にあたり、現在各種音楽媒体のインタビュー記事、CDやコンサートの曲目解説執筆およびレビュー、さらには翻訳と幅広く活動中。

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